プレイヤーの視点を揺さぶる多層構造
プレイヤーはレシーが語る物語の中の旅人でありながら、レシーとカードゲームをする人物でもある。物語の中で森、湿地帯、雪山を歩き、探鉱者、釣り人、罠猟師と出会う。レシーはそれらの人々に扮してプレイヤーに応じる。この「語り手の物語を聞き、その世界を体験する」という構造が、プレイヤーの意識を惹きつける。それでいて、プレイヤー自身はレシーと対峙する一人の人間であるという状況が、その意識が深く入り込むのを引き止める。世界に引き込みつつ引き離す、拮抗する二つの方向性がこのゲームの世界観の軸を成している。
カードゲームの合間には席を立ち、謎を解きながらアイテムやカードを探すことができる。カードゲームに熱中した直後、席を立ち部屋を探索する、といった視点の移動を、ゲームの中に上手く組み込んでいる。この視点と空間の多層構造が捉え所のない不思議な世界観を形成しつつ、その広がりを見せ、新たな層を作り出していく。
ループとローグライク要素
序盤に示唆されていたように、この世界はループしており、負ければ新たな挑戦者として再度挑むことになる。負けた挑戦者はレシーのカメラに収められ、カードとなって次の挑戦に加わる。周回を重ねるとカードゲームが有利になる要素であると同時に、オコジョ達の世界とも繋がる世界観の鍵でもある。大いなる超越とは何なのか。負けイベントから続く展開に、挑戦し続ける誘因を作り出している。
通常のカードゲームにおける運要素は手札の引きだけだが、このゲームでは強いデッキを作るための運も大きな要素である。追加のカードを選択してデッキに加えたり、焚き火や木彫りの像でカードを強化する。それらの強化は、それぞれ運と選択で構成されている。運で引いた手札から何を出すか選択するように、ゲーム側がランダムに選出したカードの中からどれをデッキに入れるか選択する。先が見えないルートの分岐を選択し、自分が欲しい強化を組み立てる。このように、運と選択の層がいくつも追加されていくのだ。
カードの強化がうまく重なると予期もしない程の強さを生み出すことができる。攻撃力を強化した上に3方向攻撃であったり、複製や不死でカードを大量に生産したりと、強化が噛み合った時の快感はたまらない。ゲームが壊れてしまうほどの状況もあり得る。それでもライフを全て失ってしまえば水の泡だ。この振れ幅の大きさがゲームに緊迫感と高揚感をもたらし、1回の挑戦の中でメリハリを与え、そして更なる挑戦へとプレイヤーを駆り立てる。
しかし、どんなに強いカードを持っていようが手札に引き入れられなければ使えない。ちょっと気が緩んだだけ、運が悪かっただけで負けてしまうというのも、案外重要な要素である。万全な手札で100%の力を振り絞って負けてしまったとしたら、次の挑戦は勝てると思うだろうか。運要素を組み込み、たまたま負けてしまったという言い訳の余地を与えることで、プレイヤーは次の挑戦に対してポジティブになれる。
このゲームの序盤には負けイベントがいくつも用意されているため、諦めずに続けることが必要である。もう一度プレイしようという気持ちを与えてくれるのは、非常に強い組み合わせを作り出せるかもしれないという希望と、前回は運が悪くて負けてしまった、次は行ける、という言い訳、そして、高揚と落胆に大きく感情が揺れるサイクルだ。
加速する世界観の拡大
何度も敗北を重ね、やっとの思いでレシーを倒すと、実写のカード開封映像が始まる。その中で、「ラッキー・カーダー」と名乗るYouTuberが、Inscryptionのカードパックを開封する。ゲームの高揚感が最高潮に達したところで一気にその世界観から引き離す演出だ。一連の動画で、本来存在しないはずのビデオゲーム版のフロッピーディスクに入ったInscryptionをプレイしていることが示唆される。そこでプレイしているラッキー・カーダーはプレイヤー自身なのか、それとも同じゲームをプレイしているだけなのか。もしや、彼はゲーム内に出てきた挑戦者の一人だったのだろうか…。実写の世界も謎がゲームの世界の謎と重なり、さらに厚みを増していく。
同じルールで新しいゲーム
ニューゲームを選択すると、3Dから一転してドット絵のグラフィックに変わる。ここからはローグライトではなく、カードを集めてその中からデッキを構築し、自分なりの戦略を考えてデッキを組むことができるようになる。最初に選べる4つのデッキは4人のスクライブに対応しており、それぞれ基本とするコストの概念が異なる。選択していないデッキのカードも後に手に入るので、同じデッキに複数のルールを混ぜて戦うこともできるが、骨を貯めても血のコストを賄えないなど、別のコストが必要になるため注意がいる。同じルールをベースとしながらも、大きく味付けが変わった別のゲームをプレイすることができる。
グラフィックとデッキ構築方法を大きく変えつつも、既存のルールに少しずつ追加していくという方針は一貫している。ここまでにプレイしていたルールがこんな風に様変わりするのかという意外性は、他のゲームにはない特色だろう。